村上春樹の新刊『街とその不確かな壁』が新潮社より4月13日に発売されます。長編小説としては、6年ぶりの新作です。
村上春樹と言えば、現代日本でノーベル文学賞を期待されている世界的な大作家。多くの有名作品がありますが、敷居の高さを感じて、まだ読んだことがない方も意外と多いのではないでしょうか。また、実際に読んだ方でも、村上春樹特有の幻想的な展開やメタファーに理解が追いつかないという場合もあると思います。
そこで今回は、はじめて村上春樹作品に触れる方に向けた入門作品や、村上春樹への再入門におすすめの作品・解説本をピックアップしました。新作発売を機会に、村上春樹の世界観をのぞいてみませんか?
目次
村上春樹入門・再入門におすすめ作品
どくしょ部の編集部員いわく、「村上春樹最大の長所は、圧倒的なリーダビリティ(読みやすさ)」。それを知るのにうってつけなのが、短編集やエッセイです。今回は、あの名作アニメの監督が影響を受けたと語る作品や、村上春樹自身が自作のルーツをつまびらかにした一冊まで、おすすめの4作品をご紹介します。
【短編集】パン屋再襲撃
「村上春樹は長い作品が多くて、ちょっと……」という方におすすめなのが、こちらの短編集。とても短く、かつウィットに富んだ村上春樹初期の作品が収録されています。
表題作の『パン屋再襲撃』は、深夜2時半に突然空腹に襲われた夫婦が、パン屋を襲撃するという話。夜中に飲食店を探すのは嫌だけど、強盗するのは乗り気な夫婦がどこかおかしく、たどり着いたマクドナルドで奇妙な強盗劇がはじまります。二人の強盗は成功するのでしょうか、そして空腹は満たされるのでしょうか。読みやすくキャッチーな作品でありながらも、「村上春樹作品」としか言い様がない独自の不思議な読後感が残されます。
短編集のなかには、「笠原メイ」や「渡辺昇」といったキャラクターが登場する、後の長編作品『ねじまき島クロニクル』の原型になっている作品も収録されています。ほかの作品に通じるエッセンスが感じられるので、長編小説は好きだけど短編は読んだことがない方にもおすすめの一冊です。
【短編集】カンガルー日和
文体に勢いのある、80年代の村上春樹を代表する短編集です。
ただ眠いだけについて書いた『眠い』、カンガルーの赤ちゃんを見に行こうとするが、グズグズしているとカンガルーは赤ちゃんではなくなってしまう『カンガルー日和』など、のびのびとしながらも大胆な比喩が光る不思議な短編が味わうことができます。題材はどれも身近でありながら、村上春樹らしい少し不思議なテイストが残されています。
本書は多くのポップカルチャーに影響を与えたことでも有名です。『すずめの戸締まり』で有名なアニメ監督・新海誠は、『ある四月の朝に100パーセントの女の子と会うことについて』から影響を受けたことを公言しています。『君の名は。』のストーリーや、『天気の子』の中で出てくる「100パーセントの晴れ女」という表現を思い出すとうなずけますね。本作は新海誠ファン必読の一冊と言えるかもしれません。ちなみに、収録作品の初掲載は、すべて伊勢丹主催サークルの会員誌『トレフル』に掲載されたものだそうですよ。
【短編集】回転木馬のデッド・ヒート
作者・村上春樹自身いわく、小説でもなくノン・フィクションでもなく、人から聞いた「スケッチ」とされる8つの物語です。40日間毎日吐き続けた男の顛末『嘔吐1979』や、好きな女性の住居の対岸に部屋を借りて、カメラの望遠レンズで彼女の生活をのぞく男の話『野球場』など、一見して不合理に見える行動や習慣を描いたような作品が多く収録されています。
少しだけウィットに富んだ会話劇が光る短編集。村上春樹を読んだことがある方なら、本作でのアプローチは新鮮に思えるかもしれません。さまざまな語り口を採用し、それを更新し続けていることが本書を読むことで理解することができます。
【読書案内書】若い読者のための短編小説案内
村上春樹を通して出会う文学史! 村上春樹自身によるブックガイドです。
1991年から1993年にかけて村上春樹はアメリカ・プリンストン大学で教鞭をとりました。そこでテキストとして使ったのが、日本の短編小説を論評したこの一冊です。
本書が特徴的なのは、日本の戦後文学における「第三の新人」と呼ばれる作家たちを取り上げている点です。安岡章太郎や長谷川四郎といった、現在では顧みられる機会が減った作家について、さまざまな角度から解説されています。アメリカ文学の影響を受けているイメージが強い村上春樹の、意外な一面をみることができます。
特に、小島信夫の『馬』に関する分析からは、『羊をめぐる冒険』に同作が与えた影響を感じ取ることができ、村上春樹ファン必読の一冊となっています。
村上春樹作品を深掘りする、評論・解説本
村上春樹作品の特徴として、不思議な謎が残されたり、話がきちんと終わったように見えなかったりすることが挙げられます。「作品をどう解釈したらいいのか」と疑問を抱えた経験はないでしょうか。
ここでは、村上春樹を読んでいく上で参考になる本を5冊ご紹介します。
【評論】村上春樹の読みかた
本書は村上春樹が『1Q84』を発表した2012年に編まれた村上春樹の論集です。
そもそもなぜ、村上春樹はこれほどまでに海外で人気があるのでしょうか。一体どんな読者層で、そしてどのように読まれているのでしょうか。本論集を読めばその一端が明らかになります。特に、海外で初期短編を中心に大学で村上春樹の読み方を教え続けていた加藤典洋の論考は、作家の全短編からその筆致を推定していくスケールのものになっており読み応えたっぷりです。
『海辺のカフカ』における描写の変化とは、インタビューで村上春樹が「書くな」と言った事実とは、なぜ日本の文学世界から孤立しているのか……。村上春樹を理解したい方におすすめの一冊です。
【評論】謎とき 村上春樹
村上春樹の長編を主題にした解説本です。『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』の初期3部作、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』・そしてベストセラーの『ノルウェイの森』の5作を取り上げています。
本書は村上春樹作品に触れたことがある方、特にこれら5作を読んで「よくわからなかった」方におすすめしたい1冊です。
「小指のない女の子」とは何なのか。ピンボールで対話した相手とは。『ノルウェイの森』の終盤で語り手が取った選択の意味とは。そういった「よくわからない言動や展開」が丁寧に解明されていく過程は大変スリリング。正にミステリーの「謎とき」パートを読んでいるときのような爽快感を味わうことができます。
特におすすめなのが、『風の歌を聴け』の「謎」が解明されていく冒頭の章。同作を読んだ事があり、「鼠」の恋人の存在に気がついていない方。そんなあなたは、絶対に読むべき1冊だと断言します。
【ガイドブック】さんぽで感じる村上春樹
村上春樹作品に登場する場所は具体的な地名が多く、そして驚くべきほどディテールにあふれています。『風の歌を聴け』の神戸、『ノルウェイの森』の新宿、『1Q84』の高円寺……。なぜ村上春樹はここまで地名を、そしてそこから見える景色を作品に盛り込み続けるのでしょうか。
筆者が全国各地の村上春樹に登場した場所を訪ね、撮影した写真を収めたガイドブックです。聖地巡礼旅行ガイドに留まらず、逆ロケハンのように場所を特定し、推理しているのが特徴です。
たとえば、『海辺のカフカ』のパートでは、高松の私立図書館、カフカが訪れたうどん屋、ナカタさんが探す入り口の石の場所などを考察していきます。著者たちが費やした多大な労力に圧巻される一方、村上春樹自身の取材力に驚かされることでしょう。
村上春樹が「空間」を意識している作家であることを証明する点でも、重要な一冊。もちろん、村上春樹作品の舞台を訪ねてみたいという方にもおすすめです。
【評論】芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか
現在は世界的に有名な村上春樹ですが、意外にも芥川賞を受賞したことがありません。初期の2作品は候補に挙がったものの、どちらも受賞を逃しました。後々はノーベル賞候補として名前の挙がるようになったことを踏まえると、疑問すら抱いてしまいます。
本書では、タイトルでもある『芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか』という疑問を、当時の芥川賞の論評や文壇の状況を踏まえつつ解き明かしていきます。
村上春樹はなぜ評価されなかったのか。どんな作品が村上春樹の作品より評価されたのか。そもそも芥川賞はどうやって決まるのか。選考委員の丸谷才一や吉行淳之介らは、なぜ『風の歌を聴け』を推さなかったのか……。選考会のドキュメンタリータッチな描写のなか、奇妙な形で『風の歌を聴け』を評価していた作家・大江健三郎の姿が浮かび上がっていきます。
村上春樹だけでなく、日本の文学や芥川賞の歴史に興味がある方にもおすすめの一冊です。
【評論】アイロンをかける青年 村上春樹とアメリカ
村上春樹批評の古典! メルヴィルの『白鯨』の翻訳を手がけた米文学者・千石英世による、本格的な文芸評論集です。
なぜ村上春樹は『ノルウェイの森』にあとがきをつけたのか、『ノルウェイの森』のカバーはなぜ赤と緑なのか、あの繰り返される「やれやれ」はいったいどこからきたのか……。村上春樹にちりばめられた数多くの謎のヒントになり得るかもしれない一冊になっています。
本書は1991年に刊行されましたが、90年代以降の村上春樹を予見したようにも思える一冊。「村上春樹を読んでみたけどよくわからなかった」という方には、なぜわからなかったのかが明確になります。そして、村上春樹を好きな方にとっては、村上春樹への愛がより深まること間違いなしです。
終わりに
今回の新作『街とその不確かな壁』は、『文學界』1980年9月号に掲載された中編『街と、その不確かな壁』との関連にも注目が集まっています。同中編は村上春樹が「失敗だった」と公言し、全集にすら載っていないことでも有名です。
村上春樹は同じモチーフを繰り返し使うことが多い作家です。ストーリーにつながりはなくても、モチーフの連関から作品同士のテーマを見通していくことも、楽しみ方のひとつ。作品のモチーフを考察しながら、新作と一緒に村上春樹作品への理解を深めてみましょう。村上春樹を入り口にして、さまざまな読書の扉を開いてください!
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