『オチビサン』(朝日新聞出版刊)は、『シュガシュガルーン』『働きマン』など数々のヒット作を生み出す人気漫画家・安野モヨコによる全10巻のコミック。鎌倉のどこかにある小さな町、豆粒町に住むオチビサンと、考え深い犬ナゼニ、食いしん坊な犬パンくいを中心に、四季を楽しみながら暮らす様子が、温かく描かれています。同作は2023年10月からアニメが放送中。制作を担当するのは、「エヴァンゲリオン」シリーズを手がけた、映像製作会社、株式会社カラー。今回はアニメ化を記念し、鬼塚大輔監督と釣井省吾監督にDMMブックスが独自インタビューを実施! 安野モヨコ先生も関わる制作秘話や、CGアニメーションへの思いまで深いお話を伺いました。(DMM TVでは同作を見放題配信中!)
目次
色の美しさと、どこか漂うノスタルジー
——『オチビサン』はこれまでも新刊記念などで映像を展開されていたかと思いますが、今回改めてテレビシリーズ化することになった経緯を教えてください。
鬼塚大輔監督(以下「鬼塚): 原作の『オチビサン』が連載中に新刊宣伝を兼ねたプロモーションムービーを3DCGで2本作っていたので、その流れもあってアニメのシリーズとして制作しよう、という話になりました。今回は、過去のプロモーション映像よりさらに進化した作品を作ろうと思って取り組んでいます。
——原作もアニメも色味の綺麗さが素敵ですが、改めてアニメの魅力について教えてください。
鬼塚:色と、構図と、キャラのかわいさにこだわりました。「綺麗だな、癒やされるな」という風に感じてもらえたらうれしいなと思って作っています。
釣井省吾監督(以下「釣井」):色とりどりで四季折々の季節の花が登場したりと、モヨコ先生が大切にしている価値観や表現が原作の魅力だと思っています。なので、その魅力をどうやって映像に取り入れられるか意識しました。
(美しい桜の風景が印象的なエピソード51『オチビサン』第1巻 72ページ)
鬼塚:あとは、昭和の雰囲気を持つ作品でもあるので、懐かしさもありつつ優しい気持ちにもなれますよね。
釣井:ノスタルジックな日本の原風景も、この作品特有の魅力だと思います。前面的にノスタルジーさを出しているわけではないのに、どこかエモーショナルなものを感じられるというか。
(縁側でスイカを食べるオチビサンとナゼニ『オチビサン』第2巻 32ページ)
安野モヨコ先生が求める「版画らしさ」を突き詰めるための実験
——アニメ化にあたって、安野モヨコ先生から具体的な要望はありましたか?
釣井:美術の見せ方に関しては最初にご要望がありました。原作自体が版画的な着彩の手法(ポショワール)を使って制作されているので、日本的な水彩絵の具でもなく、現代的なアニメでもなく、「版画らしさ」を大切にしてほしいとお話しを伺っていました。
鬼塚:モヨコ先生の持つ原作への思いを聞かせていただきました。漫画自体の制作過程でもこだわりの技法を用いつつ、オールカラーで作られています。そのため、目指すべき表現を整理するためにも、「版画とは」というところから話し合いました。
釣井:版画らしさとは、版ズレのことなのか、色の塗り方なのか……といろいろ実験しましたね。
鬼塚:今回はレンズぼけを映像として使っていないんです。たとえば、望遠で撮ったら背景がぼける、みたいなことをやっていません。通常はピントが合っているところには線があって、ピントが合っていないところには線を描かないようにするのですが、今回は全部ピントが合って綺麗に描かれている状態です。そこもあえてコントロールしています。
釣井:モヨコ先生が好きな版画の作品について話を伺うなかで、版画の中でもどのような作風を意識すべきか、様々な画集を見ながら表現をすり合わせていきました。
——原作には描かれていないキャラクターたちのアニメーションについてはいかがでしたか?
鬼塚:キャラ設定と美術の方向性の確認をとって、それ以降はモヨコ先生からはお任せしますと仰っていただきました。
釣井:アニメーションに関しても基本はお任せいただけました。参考にビデオコンテ(作品のおおまかな流れを動画で表現したコンテ)をお見せしたり、キャラの声についてはご意見を聞きました。
原作の後半の雰囲気を軸に、優しい雰囲気に
——キャラの声といえば、シロッポイがかなり幼くてかわいらしい声だったのが印象的でした。
鬼塚:モヨコ先生から、シロッポイのキャラは赤ちゃんのようなイメージだとお話しいただいたので、シロッポイとアカメちゃんは幼くして欲しいと音響監督にオーダーしていました。
釣井:一番幼いのはシロッポイ、次がアカメちゃん、その次にオチビサンたちがいて、おじいは最年長、という年齢感はオーダーしましたね。
——ちなみに、アニメの対象年齢やターゲットについては特定の層への意識はありますか?
鬼塚:制作中はモヨコ先生ファンの方、それこそ『シュガシュガルーン』(2003年〜2007年連載)を当時リアルタイムで楽しんでいたような方をターゲットとして意識していました。あとは、親子でも楽しんでもらえると思います。
釣井:20〜30代の方が、寝る前に見て癒やされるコンテンツとしても良いと思いますね。
パンくいは自己中で、シロッポイはかわいらしさ全開
——お気に入りのキャラや、それぞれのキャラを動かすときのポイントなどがあれば教えてください。
鬼塚:多分釣井くんと被るかも(笑)。パンくいが一番良い感じになったと思います。「パンくいは何を考えているかわからないキャラを意識してほしい」という話を声優の井澤詩織さんにもしています。声優の方を選ぶ際にも、自己中っぽいパンくいのイメージを想像しながら決めました。
釣井:鬼塚さんの予想通り、僕もパンくいが好きです(笑)。おじいやジャックも、エピソードが良くて好きですね。シロッポイやアカメちゃんは、かわいらしさを全面的に出すようにしています。
ちなみに、話と話の間に挟まるアイキャッチは色んなバージョンを作っています。そこの歩き方でも、パンくいやオチビサンは元気よく歩いていて……などそれぞれのキャラクター性を表現できました。
(アニメ『オチビサン』第2話より)
鬼塚:アイキャッチは相当数のバ ージョンを作りましたよね。
釣井:各話のキャラの組み合わせ別に加えて、背景も季節によって変えたので、キャラ違い・背景違いの組み合わせで60以上パターンを用意しましたね。本編じゃない部分でも楽しんでもらえると思います。
——本編のなかで思い入れのあるシーンはありますか?
鬼塚:3話は『オチビサン』のなかでも一番の動きのあるアクション回だと思います。作業としても大変な回で、背景がぐるぐる動くカットが多くて。背景をふんだんに動かすので、普通より大きく背景を描いていただきました。絨毯で飛ぶシーンは、暗いからわかりづらいですが町並みもちゃんと描いていただいて、その広い絵を動かしています。でも、そのカロリーに見合ったアクション回になりました。
あとは夏のエピソードで、音楽を使わずに効果音だけで作った、坂道を登るだけの回の夏の空気感が良かった ですね。
釣井:あの回はエモくなりましたよね。僕はその回のなかでも、特にナゼニとオチビサンの足下だけのカットが気に入っています。『オチビサン』は基本3コマ打ち(1秒間に8fps )が主体なのですが、そのカットだけ2コマ打ちで。一瞬のカットですが、その2コマ打ちが映画的で、邦画を見ているような良さを感じました。
二人体制だからこそ「このシーンいいね」と言い合えた
——今回は監督二人体制ですが、どのような経緯でお二人になったのでしょうか。
鬼塚:元々今回はCGで制作するという話でしたが、CGチームの中でも監督ができるスタッフは限られています。CG前提ならこのスタッフだよね、と必然的に決まった形ですね。
——釣井さんは本作が初監督だったかと思いますが、監督業を務めてみての感想はありますか?
釣井:鬼塚さんと二人体制だったので、本来の監督業の苦労は半分になっていたと思います。元々3DCGアニメーターだったので、3Dレイアウトをいっぱいやりたいと以前から考えていました。今回、自分の担当話数に関する最終的なジャッジは当然監督である自分にありましたので、全カットを決められてやりがいを感じました。
また、今回の監督業は、担当話数の編集まで行っているんです。編集さんを介さず自分たちでAdobeのPremiere Proで編集しました。このアクションはやっぱりなしにしようとか、ダビング直前まで編集し続けました。制作さんたちもいろいろ協力してくれてやりやすかったので、『オチビサン』が初監督作品で良かったです。
鬼塚:釣井くんには助けてもらった部分も多いです。釣井くんのパートにはほぼ手を入れていませんし、良いものを作ってくれたと思います。「このシーンいいね」と言いたくなるくらいよくできています。
釣井:一人の監督業だと孤独なこともあると思いますが、二人体制だったからこそ作業中にお互いに「いいよね」って言い合えましたね。
鬼塚:僕の担当分で手が回らなかったところも、釣井くんに手伝ってもらったり。ちなみに、今回の色彩は基本的に全部釣井くんにお任せして、気になる部分だけ相談する形で進めていました。迷ったら話し合うこともできたし、しんどさもわかち合えましたね。
最終ジャッジは監督ですが、チェック中は「こっちの方が良いんじゃない?」って意見の交換を僕らだけではなく演出の人にも言ってもらったり、みんなで意見を言い合える環境でした。
テレビシリーズのアニメ制作の場合は、スケジュールに遅延が発生して後半は切羽詰まる事も多いのですが、今回は予定通りに行きました。そのおかげで、完成した絵で何度も確認もできて、要素が足りないまま途中で決断しないといけないようなこともなかったです。全部が揃った状態で確認した後にまだ戻せる、みたいな。チーム全体が良かったおかげでクオリティも上がりましたね。
受け継がれる制作スタイル
——アニメーターや監督として、CGアニメの醍醐味やおもしろさってどのようなところにありますか?
鬼塚:弊社代表の庵野を筆頭に、レイアウトにこだわる監督が多いのがカラーの特色だと思っています。みんなそれぞれ好きなレイアウトがあって、レイアウトで勝負しているスタジオですね。2Dだから、CGだから、とかはなくレイアウトを頑張りたいという意識が特に高い。
先ほど話題にも上がった「編集まで監督がおこなう」という話は僕が言い出したのですが、それもカラーのスタイルのひとつです。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの時は毎日編集して毎週新しいラッシュ(撮影フィルムの試写)があって。それって普通のアニメの作り方ではないのですが、そのスキルを僕らは持っているから自分たちでやりますと。
釣井:さっき僕が「3Dレイアウトがやりたかった」とお話ししたのも、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で毎カット分何十アングルも撮ることを当然のようにやっていた経験が下敷きにあって、気がついたら好きになっていたんですよね。CGアニメのおもしろさを言語化するなら、絵が描けない自分でもそれだけの数のレイアウトを気に入るまで探り続けられるところですかね。
鬼塚:2Dだと絵が上手い人が想像でばっちり一枚描かなきゃいけませんが、CGであれば、例えば100くらいのレイアウトをとった中から一つを選ぶことができる。実際に今回も、アニメーターからあがってきたコンテからカメラやキャラの立ち位置は結構変えています。
(アニメ『オチビサン』の絵コンテから完成映像までの流れ/©Moyoco Anno/NHK・豆粒町内会)
釣井:そこは作業してもらっているアニメーターにも理解をしてもらって。ちょっとカメラの高さを変えるだけで作品の雰囲気は変わるので、微調整し続けられるのはいいですよね。
鬼塚:CGアニメでは調整することが前提なので、レイアウトをお願いするときもアニメーションは付けないでポーズと立ち位置だけで大丈夫ですって依頼をしています。動きも歩かせたりせず、スライドで「ここからここまで移動する」のがわかるくらいでいいですと。
そこに後から編集や加筆をして、レイアウトのコントロールをしました。カラー流の3DCG制作のよさは、コンテを更に検証できるという点があるかもしれません。
あと監督としてやりがいがある点は、レイアウトをたくさん検討できることもありますね。コンテ段階で寄り・引きくらいは決めますが、引きの立ち位置やアングルはCG付ける段階で決めることが多いです。
漫画こそが日本の誇れる文化!?
——『オチビサン』は漫画原作のアニメですが、お二人は普段から漫画を読みますか?
釣井:制作期間中、鬼塚さんと二人で遅い時間にごはん食べに行ったりしながら、最近何の漫画を読んでいるかって話はよくしてました。二人でいいよねって言ってたのは『スキップとローファー』、『海が走るエンドロール』。電子書籍の本棚やアプリを見せ合いながらおすすめし合っていました。
鬼塚:僕はスポーツものも好きで、特に『フットボールネーション』というサッカー漫画が好きです。サッカーの試合や展開より、筋肉の構造やトレーニングの効果について詳細に描かれていておもしろいです。あとは『戦国小町苦労譚』とか『Dr.STONE』のように、現実的な理論や理屈を持って過酷な状況を生き抜いたり、その過程そのものが知識ものとして楽しめたりする作品が好きです。
サッカー雑誌の女性カメラマン・緒形は、ある時、アマチーム「東京クルセイド」の取材を命じられる。そのチームの選手応募要項は「脚のきれいな選手求む!」…ふざけたチームだと、しぶしぶ河川敷に出かけた緒形だったが、そのチームとは別に、ある才能に出会う!河川敷を根城に、草サッカーチームの助っ人をしている‘ジョーカー’こと沖千尋だった。その才能に目をつけた「東京クルセイド」の監督も、千尋をチームの助っ人として依頼する。「パスミスになるけど…」-全力でやるように監督に言われた千尋は、大胆な発言をする。初めは宣言通りパスミスを繰り返していた千尋だが、チームメイトが彼の実力を認め、彼の意図通りに走り出したらパスが面白いようにつながるようになる。これだけの才能がなぜ、今まで埋もれていたのか?試合後、チームメイトの誰もがそう思いつつも、千尋をチームに迎え入れようとする。だが、当の千尋がそれを拒否!今をときめく高校現役Jリーガー、一ノ瀬迅とも浅からぬ因縁がありそうな千尋、彼の正体は一体…!?また、「東京クルセイド」監督が求める「脚のきれいな選手〜」の真意とは!?
釣井:僕はラブコメも好きで『僕の心のヤバイやつ』とか『霧尾ファンクラブ』もおもしろかったです。あと、ラブコメではありませんが、創作の熱さが感じられる『これ描いて死ね』も良かったなあ。
◎とよ田みのる最新作は、漫画家漫画!漫画の可能性をひたすらに探究した前作『金剛寺さんは面倒臭い』完結から1年8か月。待望の新作は、漫画を描く歓びも苦しみも、ぜぇ〜〜〜〜んぶを詰め込んだ、漫画愛に満ち溢れた漫画浪漫成長譚!漫画を愛する全ての人に届けッ!!東京の島しょ・伊豆王島に住む安海 相は、漫画が大好きな高校1年生。長年活動休止状態の憧れの漫画家☆野0先生がコミティアに出展することを知り、東京都区内に旅立つことに…そしてコミティア会場での思わぬ出会いが相の人生を変える!漫画家にはどうやったらなれるのか?知っているようで知らない漫画創作の世界。この物語は、その世界に続く’まんが道’へ踏み出していく少女の物語。漫画家を目指している人にも、かつて目指していた人にも、漫画が好きな人にはもちろん、漫画を毛嫌いしている人にも、漫画を読んだことがない人にだって絶対に読んでもらいたい漫画の漫画ッ!!ゲッサン本誌掲載時のカラーページを単行本でもカラーで再現!巻末には本作に実は深く関わる作品だった「週刊ビッグコミックスピリッツ」に掲載された読切、『デビュー』タイトル改めの『ロストワールド』を収録!
——アニメーターだからこそ、アクションジャンルを意識的に読むようなことはありますか?
釣井:そういう方もいると思いますが、僕は普通に漫画は漫画で楽しみたいですね。
鬼塚:僕は漫画は数多く読むけど、普段アニメはあんまり見ていないくらいです。漫画こそが日本の誇れる文化だと思っています(笑)。
釣井:僕はそこまで硬派になれないです(笑)。
——映画やアニメなどの映像作品でおすすめはありますか?
釣井:最近映画館で腰を据えて観る機会も減ってきていて、しいて挙げるなら今年は『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』と『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』を見ました。
鬼塚:新しいものに関しては、手軽に観られるドラマが最近多いですね。最近だと、福島の原発について描いた『THE DAYS』、大相撲がテーマの『サンクチュアリ -聖域-』を観ました。あとは古い好きな映画を見直すことの方が多いかも。三隅研次監督の『子連れ狼』シリーズとか。庵野さんもこの映画版が好きみたいで、僕がDVDを机に置いていたら庵野さんが借りていった事もありました(笑)。
視聴者へのメッセージ
——最後に、アニメの視聴者やこれから観る方にもメッセージをお願いいたします。
釣井:モヨコ先生の原作の良さが生かせるように、そこにアニメの良さをどれだけ乗せられるかを試行錯誤しました。これから夏、秋、冬とエピソードは進んでいきますが、制作としても妥協する事なく最後まで走り切れた作品でした。なので、全24話を全て楽しんでもらえたらうれしいです。
鬼塚:ぼーっと見てもらえるだけでも、画面の綺麗さで楽しめる作品になったと思います。特に色にはこだわったので、ぜひ癒やされてください。
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